中動態とは誤解されやすいが、能動態と受動態の間にあるものではない。かつて、古代ギリシャ語では能動態と対比されるのが中動態であり、受動態はその一部であったと言う。「する」でも「される」のでもなく「なる」という世界観こそが中動態の一つであるが、どこか無責任に聞こえる。逆にいうと、この概念は、我々が無意識に信じている「意志」の存在に疑問を投げかける。意志は人間にとって必要不可欠なものではないのか?こんな疑問を、アリストテレス、ハイデッガー、アレント、スピノザなどの哲学者の思考を通して考察するのが本書である。この本の面白さは、異なる環世界の体験かもしれない。受動態ではなく、能動態と中動態の世界で生きる自分を想像してみる。この体験をいやおうなしに強いてくるし、哲学者の言葉遣い、そして思考回路を追随する体験として申し分ない。無数の「問い」が生まれそうな本である。